女性の性的な搾取の恐怖を描いた新感覚ホラー
個人的評価
総合評価:★★★★★(5 / 5点)
作品の基本情報
| 作品名 | ラストナイト・イン・ソーホー |
| 公開日 | 2021.12.10 |
| ジャンル | ホラー |
| 監督 | エドガー・ライト |
| 脚本 | エドガー・ライト |
| 主な出演者 | トーマシン・マッケンジー、アニャ・テイラー=ジョイ、マット・スミス、ダイアナ・リグ |
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あらすじ
霊感のある主人公・エロイーズは、デザイナーになることを夢見て1人ロンドンへとやって来たが、寮生と価値観が合わず一人暮らしを始めることになる。しかしそこに住み始めてから、1960年代に同じ部屋に住んでいた”サンディ”の過去を追体験するようになる。舞台女優になることを夢みたサンディの運命は、思いもよらぬ方向へと動いていくのだった。
鑑賞のポイント
- 徹底的に描かれる女性の性的な搾取の恐怖
- 斬新なカメラワークと大胆な色使い
- ホラー×ミステリーの要素
※以下、ネタバレが有ります!!

ストーリーを追う
ストーリーのポイント
- エロイーズはサンディに憧れて、髪型や服装を真似する
- サンディは舞台に出演させることを約束してくれたジャックと付き合うようになる
- しかしサンディが実際に出演させられたショーは男性を性的に満たすようなものであった
- サンディは男性に買われるようになり、エロイーズはその幻影にどんどん日常を侵食されていく
- 憔悴しているエロイーズは、ついにサンディが殺される場面を目撃する
- サンディを殺したジャックがまだ生きていると思い、エロイーズは白髪の男性に詰め寄る
- 白髪の男性は憤慨して店を出たところで車にはねられ、その直後に人違いであったことが発覚する
- エロイーズは憔悴しきって耐えられなくなり、家を出ようと大家のもとに交渉しに向かう
- 話をしている途中で、その大家こそがサンディであり、殺されたのはジャックの方だったことが明らかになる
結末
サンディは事実を知ったエロイーズを殺害しようとする。しかしその寸前で、家の前で待機していた恋人のジョンが訪ねてくる。ジョンは腹部を刺されるが、エロイーズはその隙に自室に戻って電話で助けを呼ぼうとする。自室に入ると、床下や壁からここで殺された男性たちの腕が伸びてきて助けを求めてきたが、彼女はサンディに同情するのだった。その騒動の中で家は火事になる。エロイーズはジョンとともに家を脱出するが、サンディは家と運命を共にする。
一年後、エロイーズはデザイナーとして1960年代をモチーフにした服を仕上げる。未だに見える鏡の中の亡霊となって現れたサンディに、挨拶を交わすのだった。
エロイーズはなぜサンディに憧れたのか
もともと1960年代ファンだった
主人公エロイーズは、もともと1960年代に憧れを抱いていた。
母親を亡くして祖母と暮らしている影響もあってか、彼女はレコードをこよなく愛し、実家の部屋の中も昔の映画のポスターで溢れていた。中でも目を引くのは「ティファニーで朝食を」のポスターである。この作品は1961年に公開されたものである。
ちなみにこの映画はお金持ちと結婚して幸せになりたい女性を描いたものであるが、この女性像も女性の社会的な立場の弱さを表すものである。
エロイーズは1960年代をモチーフにしたデザインをすることを夢見て、一人ロンドンへと旅立っていった。
サンディに憧れるエロイーズ
寮生活になじめなかったエロイーズは一人暮らしを決意する。しかしその部屋で過ごしていると、かつての住民であるサンディの記憶を追体験する現象に巻き込まれる。エロイーズにとってはその舞台が憧れの1960年代であり、またサンディという女性がそこで女優になるという夢をひたむきに追いかけていたため、彼女に憧れるようになっていった。そしてエロイーズは彼女を意識したブロンドの髪の毛に変身し、また授業で描いたデザインも彼女をモチーフにしたものになっていった。
サンディの身に起きたこと

サンディの夢と性的な搾取
サンディは舞台女優になることを夢見て、自身を舞台のある店へと売り込んでいった。そこでその一帯の女性を仕切っている男だと紹介されたジャックに、「舞台に出してやる」と言われたことを信じて彼と付き合い始める。
しかし実際に彼女が出されたショーは、男性を性的に満たす目的のものであった。そこで出世していく為には、客である男性に気に入られて身を売ることが必須とされていた。
サンディは男に買われ続け、こんなはずではなかったと後悔しながら、少しずつ心を病んでいく。そして最終的に狂気じみた行為へと発展していくのである。
現代にも残る問題
この作品にはいたるところに女性の社会的立場の弱さという問題が散りばめられている。
中でも一番大きく取り上げられているのが、サンディの身に起きたことである。
1960年代は、働く女性が増加していった頃である。しかし実際にはサンディが体験したようなことは様々な場所で起きていたことだろう。
そしてそれは、現代においてもあまり変わっていない。
そのことは、この映画の中にもよく描かれている。
まず、エロイーズがロンドンに着いてすぐにタクシーに乗っているが、その中で彼女は運転手に性的な目で見られるという体験をしている。彼女は精神的に追い詰められて、目的地よりも前で下車している。
また、エロイーズが警察でかつて起きた殺人事件について訴えていた時も、後に心配してくれた女性警官と違って、男性警官たちには陰で笑い飛ばされていた。
後半では道ゆく男性たちが幻影か現実のものか分からなくなるシーンがあるが、これも現代においてもこの問題が解消されきっていないことを表しているといえるだろう。
メタファー的なことを言えば、コーラの缶という小道具にまつわるものも挙げられる。
コーラの缶は、エロイーズがタクシーをまくために適当に買い物をしたものであるが、彼女はそれに”エリー”と名前を書いて寮の冷蔵庫で保管していた。しかし、ジョンがそれを間違えて飲んでしまう。
この小道具は、その後ジョンとエロイーズが近づくために使われる役割の意味合いが大きいが、彼女が男性の恐怖を紛らわせるために購入したものを、再び男性に奪われるというのも少し暗喩的なものを感じる。
ちなみにエロイーズやサンディと対立した関係にあるのは徹底的に白人男性だったのに対して、エロイーズを守る立場にあるジョンは黒人男性である。彼もまた、人種的に未だに立場が弱いとされている側の人間である。エロイーズの味方として登場するのは、徹底的に弱者の側の人間である必要があると考えられるだろう。

ミスリード
ミステリーとしてのミスリード
エロイーズは次第にサンディの過去に追い詰められて、過去の亡霊か現実かの見分けがつかなくなるほどに憔悴していく。そしてサンディが殺される場面を目撃した彼女は、以前に話しかけられたことのある白髪の男性を、サンディを殺した犯人であるジャックだと思い込む。
白髪の男性と対峙したエロイーズは彼を問い詰める。すると彼は憤慨し、店から出て行ってしまう。その直後、彼は車にはねられてしまうのだが、ここでエロイーズは人違いをしていたことを知らされる。しかもその相手は、唯一サンディをあの場から助けようとしていた男性であった。
この出来事はエロイーズの心に致命傷を与えた。
また、このシーンは全体のミステリーにおけるミスリードの役割を果たしている。
さらに細かく見れば、エロイーズが初めてこの白髪男性と言葉を交わした際に車にひかれそうになっており、彼から注意を受けているが、この結末はその伏線を回収したものにもなっている。
サンディはなぜ家を離れなかったのか?
家と運命を共にするサンディ
自分の勘違いで関係のない人を事故に巻き込んでしまったエロイーズは、家から離れるために大家に話をしに行く。しかしその最中で、大家こそがサンディであり、殺されたのはジャックや彼女を買った男たちの方であったことに気がつく。だがその時にはすでに薬を盛られており、エロイーズはサンディに殺されそうになる。
その時、外で待機していたジョンが助けに来たためエロイーズはピンチを乗り切るが、その際に家が火事になる。
エロイーズはサンディに生きるよう説得をするが、サンディは家と運命を共にすることを選ぶ。なぜ彼女はそのような選択をしたのだろうか。
サンディが家に住み続けていた理由
そもそもサンディは1960年代からずっとこの家に住み続けている。彼女はエロイーズに「離れるには思い出が多すぎて」と話している。これは言葉の通りにも取れるが、一方でこの家には彼女が殺害した男性たちの遺体がたくさん隠されているという意味にも取れるのではないだろうか。
サンディは男たちに買われる不条理に、彼らをのっぺらぼうだと考えることで対処しようとした。
しかしついに耐えきれず、ジャックをはじめとして次々と男を殺害していった。
エロイーズが電話で助けを求めようと部屋に入った時に床下や壁から手が伸びてきたことから、サンディは恐らくその死体を家の中に隠していたことが推察できる。サンディが家を売らなかった本当の理由は、家を売ってしまえば大量の人骨が発見されるためだったからではないだろうか。
そう考えると、引っ越してきたばかりのエロイーズに、夏場は臭うので排水溝の蓋を閉めるように指示していたことも少し疑わしくなる。もしかすると特に夏場は家の中に嫌な臭いが未だに立ち込めてしまうのを、排水溝の臭いだとごまかそうとしていたのかもしれない。
ちなみにルールのことで言えば、この家でサンディがされた仕打ちのことを考えると、大家として男子禁制とするのは当たり前であろう。だからこそ、一度ジョンが見つかった際にはサンディがかなり激昂していたのである。
もちろん「離れるには思い出が多すぎて」という言葉をそのままの意味で捉えることもできる。だから彼女は最期に家と運命を共にしたのだろう。この家には、人を殺してまで追い求めたかったサンディの夢や幻影が染み付いていたのである。
総評
恐ろしい化け物が出てくるわけではないが、現実と亡霊の区別がつかなくなっていく様はまさにホラーであった。
夢を叶えるために戦い続けたサンディの生き様は、エロイーズも最後まで共感しているように非常に勇ましいものであった。
ラストで鏡の中の新たな住人として出てくるサンディには実に品がある。エロイーズが壮絶な体験をした後も髪色を戻さず、また1960年代の服を作り続けるのも、サンディやその時代に戦っていた女性たちに対するリスペクトがあるからだろう。
この作品はホラーであり、ミステリーであり、そして現代にも続く女性の社会的な立場の問題についても深く考えさせられるものであった。