短編小説

霧の中でもその花は


「桜餅って、葉っぱも食えるっけ?」
 宗一は10日かけて丁寧に塩漬けされたそれを見つめたまま聞いてきた。
「うん」
 私は洗濯物を畳みながらそう答えた。
 窓の外は雨が降り続いている。やっと気温が上がってきたと思っていたのに、このところ雨続きで、部屋干ししていたこのシャツもしっとりと湿気を帯びている気がする。

 宗一はお茶を一口飲むと、残りの餅を葉っぱごと一気に口の中へ放り込んだ。そうして餡の付いた指を舐めながら、テーブルに伏せてあった携帯を取っていじりだした。
 同棲を始めて9年目、私たちの会話はこれで終わりのようだ。

 「これどこで買ってきたの?」とか、「もしかして作ったの?」とか、そういう言葉はもう私には必要ないと思っているのだろうか。
 自分からはおよそ離れそうもない、何もしなくても永遠にただ側に居て、結婚はしていないけど女に飢えているわけではないという面子を保つことができる便利なアイテム。
 そして、そういうご機嫌取りみたいな言葉は、そのアイテムを使って自分を借り手が間もなくついてしまう良物件のようにみせることで寄ってきた若い女たちにだけ使えばいいと思っているのだ。

 携帯を両手で持ち、高速で文字を打ち込むかすかな音が、妙に耳にこびりつく。重力に任せてトロンと垂れ下がったそのだらしない顔で、今度は一体誰に狙いを定めているのだろう。

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