短編小説

霧の中でもその花は


 外に出ると、雨は一層強まっていた。最寄りのコンビニへは徒歩だと10分ほどかかる。お気に入りのオレンジの傘を選んで、重い足取りで歩き出す。

 別れてしまえばいいのにとは自分でもよく思った。だが、9年という月日は30歳を過ぎた私の肩に食い込むほど重たくのしかかり、簡単に降ろせない枷になっていた。
 それに彼の浮気癖は今に始まったことではない。今まで何度も似たようなことがあり、その都度のらりくらりとかわされてきた。
 別れるという選択肢は、その度に胃に穴が空きそうな想いをしつつも何とか見て見ぬふりを続けてきた自分自身の頑張りを否定してしまうものだと思えて、どうしても選べなかったのだ。

 コンビニに入ると、私は端の棚からじっくりと商品を眺めていった。
 この商品にも、この商品にも、彼に関連する思い出がある。付き合って間もない頃にデートの直前で伝線に気づいて慌てて買ったストッキングだとか、ネットで流行っているのを真似して2人でアレンジ調理して食べたお菓子だとか、些細なことだけど全部思い出せる。

 自分の欲しいものを手に取ってレジへ行き、宗一がいつも吸っているタバコの番号を伝えた。私はタバコが苦手だが、いつも代わりに買いに来ているから、表を見なくてももう覚えてしまっていた。

 コンビニを出ると雨は幾分か弱まっていた。私はちょっと子供っぽい花柄のワンポイントがついた傘を広げて歩き出す。そして、ある場所で足を止めた。
 古い民家の玄関先に、目覚めるような青色の紫陽花が咲いている。

「ありがとうございました」
 私は花に向かって頭を下げる。そうしてもう一度その青を見た時、私の心はそれと同化し、すっと静まり返ったような気がした。

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